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Home 渡辺康レポート 1月演奏会

PostHeaderIcon 1月演奏会評論(オストメール)

 

 

「感染」してしまった者たちの「内なる声」

名古屋マーラー音楽祭が始まった。「ついに、彼の時代が来た」のである。トップバッターはオストメールフィルハーモニカ、角田鋼亮指揮。
コンサートマスターによるオーケストラ紹介にもあったが、全員男性。ウィーン・フィルにも女性奏者がいる時代に、この光景はやはり特別な「熱さ」を感じる。
マーラー:「さすらう若人の歌」は若きマーラーの失恋の歌である。マーラーの特別な才能は、もちろん感情の幅も広く奥行きも深い。その苦悩に触れて「感染」してしまうのも、またひとつの才能である。自らの記憶にも重ねあわせることもあるかもしれない。この演奏には押さえきれず湧き上がってしまう、「内なる声」が感じられる。若さ故の前のめりの疾走感がある。
ツェムリンスキー:「メーテルランクの詩による6つの歌曲」では、6つの独立した詩を「愛と死」をめぐるストーリとして、やはり若者の苦悩を描く。マーラーを引き継ぐツェムリンスキーの交錯する想いを見事にリアルにするオーケストレーション。さらにこの音楽を引き継いで、熱い想いで描く見事な情念の表出であった。
ハンス・ロット:交響曲第1番は「マーラーの交響曲第0番」と呼ばれている。ヴァーグナー派とブラームス派の二分された社会に巻き込まれ、繊細なロットは完全に引き裂かれて精神に異常を招いてしまった。強烈に社会に対して違和感があったのである。この交響曲1番では、ブラームス、ヴァーグナー、ブルックナー、そしてマーラーの音がダイレクトに聴こえる。それ故の迷いもダイレクトである。そのロットに「感染」したマーラーは、ロットに影響され、さらに世界を深め独自なものとしたのである。
オストメールフィルのメンバーはこの音楽に「感染」してしまっていた。そんな彼らの「熱さ」に触れた想いだ。
「名古屋マーラー音楽祭」。この「感染」の連鎖に私も同じように身を委ねてみようと思う。

 

 

最終更新 (2011年 7月 27日(水曜日) 23:07)

 
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